大判例

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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3417号 判決

原告

株式会社サン・プラス

右代表者代表取締役

照本勝洋

右訴訟代理人弁護士

植草宏一

吉田正夫

吉宗誠一

右輔佐人弁理士

大橋弘

被告

株式会社日阪製作所

右代表者代表取締役

難波静男

右訴訟代理人弁護士

新宅隆志

右輔佐人弁理士

大島一公

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載の物件を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。

2  被告が東大阪市東鴻池町二丁目一番四八号鴻池事業所において占有する別紙物件目録記載の物件の既製品及び半製品を廃棄せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有している。

考案の名称 加圧熱湯を利用した食品の調理、殺菌装置

出願日   昭和四九年一二月三一日

公告日   昭和五六年四月二〇日

登録日   昭和五七年一月二九日

登録番号  第一四一四五四七号

実用新案登録請求の範囲 別紙実用新案公報(実公昭五六―一六九五四)の当該欄記載のとおり

2  本件考案の構成要件及び作用効果は次のとおりである。

(一) 構成要件

(a) 高温高圧熱湯タンク1内の熱湯を攪拌しながら食品を調理、殺菌する装置であること

(b) 該タンク1内に複数の熱湯噴出管3、3′及び熱湯吸引管5、5′をタンク1の内壁面であつてタンク1の長手方向と同一方向に向けて取り付けていること

(c) 熱湯噴出管3、3′及び熱湯吸引管5、5′には多数の噴出孔4……及び吸引孔6……を夫々穿孔していること

(d) タンク1外の循環ポンプ7と前記熱湯噴出管3、3′及び熱湯吸引管5、5′を循環パイプ8、9、10、11にて結び、タンク1内の熱湯を均一に攪拌するようにしていること

(二) 作用効果

タンク内に熱湯、温水を循環させる際に熱湯噴出管3、3′の噴出孔4…から出た熱湯、温水が熱湯吸引管5、5′の吸引孔6…から吸引されてタンク内が全体に亘つて均一に攪拌されて熱湯温水温度の均一化が図られる。

3  被告は、別紙物件目録記載の高温高圧調理殺菌装置(以下、「イ号物件」という)を製造し、販売している。

4  イ号物件の構成及び作用効果は次のとおりである。

(一) 構成

(a)′ 高温高圧調理殺菌装置であること

(b)′ 処理槽(本件考案のタンク1に相当)に四箇所以上の温水流出入口を設けるとともに槽内面に長手方向に沿つて上下及び両側に夫々対向した四枚の巣板を設け、この巣板により処理槽内長手方向に流路を形成していること

(c)′ 前記巣板のほぼ全面に亘つて多数の透孔を設けていること

(d)′ 主ポンプと調節管及び前記温水流出入口と調節管とを接続することにより処理槽内に流水を循環させていること

(二) 作用効果

処理槽内に温水循環させる際に、ポンプから調節管を介して巣板で囲まれた流路内に温水が入り、上及び横の一方の巣板の透孔から温水が噴出し、下及び横の他方の巣板の透孔から温水が吸引されて処理槽内が全長に亘つて攪拌されて温水温度の均一化が図られる。

5  本件考案とイ号物件の構成の対比

(一) (a)、(a)′ともに高温高圧調理殺菌装置で同一である。

(二)(1) (b)、(b)′ともにタンク内の長手方向に形成された流路で同一である。

すなわち、管とは通常「中のうつろな円筒形のもの」「丸くて細長く中のからなもの」を意味するところ、イ号物件の巣板と処理槽内壁面で形成された部分(以下、「三日月部分」という)も中空で細長く長手方向に伸びており、断面は円の一部である三日月形となつているので管の一種である。

本件考案の熱湯噴出管、熱湯吸引管は循環パイプから流入あるいは循環パイプへ流出する熱湯を長手方向に沿つて広く分散し、あるいは吸引するための流路となつているところ、イ号物件の三日月部分も・温水流出入口7から流入あるいは流出する温水を長手方向に沿つて広く分散し、あるいは吸引するための流路となつているので、右三日月部分と本件考案の熱湯噴出管及び熱湯吸引管は同一である。

(2) 仮に三日月部分を管の一種とみることができないとしても、管にするか三日月形にするかは、次の理由から、流路形成の均等手段もしくは設計上の問題にすぎない。

本件考案の熱湯噴出管、熱湯吸引管とイ号物件の三日月部分はともに処理槽内長手方向に上下左右の四箇所に形成された流路で、熱水を一方から他方に噴出し、一方から他方に吸引するため、熱水が上下の流れと左右又は右左の流れによつて交叉する機能を有する。原告自身、昭和五〇年四月一〇日に名古屋市中村区亀島一丁目一三番一二号所在の訴外株式会社鎌倉ハムに納入した製品では、上部の流路形成手段としてイ号物件と同様の三日月部分を採用している。

したがつて、本件考案の熱湯噴出管、熱湯吸引管とイ号物件の三日月部分とは置換可能で、かつ、本件出願時の当業者の知見からすれば推考容易なものであつた。

(三) (c)、(c)′においては、管、巣板に多数の孔を設けている点で同一である。

(四) (d)、(d)′においても、ポンプを利用してタンク、処理槽内に温水を循環させるようにした点で同一である。

6  作用効果の対比

本件考案では、「タンク1において熱湯吸引管5、5′の熱湯吸引孔6からタンク1内の熱湯を吸引し、熱湯噴出管3、3′の熱湯噴出孔4から再び熱湯をタンク1内に噴出させる。タンク1内における吸引、噴出は明細書第二図の矢印が示すとおり垂直及び水平方向になされて熱湯の循環が行なわれタンク1内において熱湯温度の均一化を図る」(公報登録請求の範囲二五七頁二二ないし二七行、考案の詳細な説明二五八頁3欄九ないし一三行、第二図)ものである。

イ号物件では、「処理槽2の内壁面と巣板で構成された四つの三日月部分において対向する二つの三日月部分の巣板の透孔9から下方(垂直方向)及び横方向(水平方向)に流出入する温水の循環により処理槽2内において温水温度の均一化を図る」ものである。

故に、熱水が垂直及び水平方向に十文字状に交叉して循環攪拌することにより温度の均一化を図る点で同一である。

以上から、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

よつて、原告は、実用新案法二七条一項に基づいて、その製造、販売、販売のための展示の差止並びに同条二項に基づいて、被告が東大阪市東鴻池町二丁目一番四八号所在の鴻池事業所において占有する被告製品(既製品及び半製品を含む)の廃棄を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)は認め、同(二)は本件考案の明細書中に原告主張の趣旨の記載があることは認めるが、本件考案が実際にどの程度に熱湯温水温度の均一化が図られうるものかは知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の(一)のうち、(a)′は認める。(b)′のうち、「この巣板により処理槽内長手方向に流路を形成している」の点を否認し、その余は認める。(c)′は認めるが、透孔はその合計面積が温水流出入口の開口面積の数十倍になつている。(d)′は否認する。

同4の(二)は否認する。

5  同5の(一)は認め、(二)ないし(四)は否認する。

イ号物件は、温水の攪拌、混合を避け、処理槽内での温水の層流状循環、方向転換、一分毎の槽内温水総入替という技術手段により、処理槽内の温度誤差摂氏〇・五度以内という精度の高い温水温度の均一化を図るものであつて、本件考案とは作用効果の点においても全く異なるものである。

6  同6は否認する。

三  被告の主張

1  本件考案の技術的範囲は、以下の理由から、「多数の噴出孔を有する複数の熱湯噴出管」及び「多数の吸引孔を有する熱湯吸引管」によりタンク内の熱湯が攪拌混合されながら循環される構成に限定される。

(一) 文理解釈による制限

実用新案登録請求の範囲(以下、「クレーム」という)の解釈は、通常の技術的用語にしたがつて出願時の技術水準における当業者の知識にしたがつて解釈すべきである。本件考案の「熱湯噴出管」「熱湯吸引管」については明細書中に特別の定義は存しないので、通常の用語法に基づいて解釈すべきである。

管とは、新村出編広辞苑第三版五二七頁によれば、「気体、液体などの輸送に用いる長い中空円筒」とあることから、「多数の孔を有する管」は熱湯を循環させるに適した中空の円筒状のものの周囲に多数の孔が穿たれた構造のものに限定されるのである。

(二) 公知技術による制限

(1) タンク内の熱湯を攪拌すると共に循環ポンプで強制循環する手段を用いたもの

(ア) 回転ドラムによる攪拌と強制循環

特公昭四九―二八六二六号公報(乙第二二号証)

この引用発明は、本件考案の出願日前の昭和四九年七月二七日に出願公告されたもので、「密封後の罐詰、袋詰等を殺菌中に此等を収容したバスケットを固定した回転ドラムを回転させ、攪拌作用を与えて殺菌するもので、加熱媒体は、水であるが、加熱の熱源は蒸気を使用して蒸気吸込式であつて、罐詰の品種に依り所定の温度圧力、時間、回転をセットしておけば、自動制御により操作されるとともに殺菌するタンクを備えた回転式高温度殺菌装置に関するものである。」(公報一欄二一行〜二九行目)。

「殺菌用の始動スイッチを押すと仕切弁一三が開き熱水タンク二の熱水が下部殺菌釜一五にレベルスイッチ一六の作用する迄流出送り込まれると、バルブ一七が開き加熱スチームが送り込まれ、循環ポンプ一八も稼動し、殺菌釜一五内のドラム一四も回転する。」との記載がある(公報四欄八行〜一三行目)。

この引用発明は、回転ドラムを用いた回転式熱水殺菌装置であり、

(イ)タンク内の熱水を攪拌する食品の調理、殺菌装置である点、本件考案の(a)構成要件と同一である。

(ロ)タンク内の熱水を外部に設けた循環ポンプを用いて強制循環する点で、本件考案の(d)構成要件と同一である。

唯、熱水を攪拌する具体的技術手段として、

(イ)熱湯吸引管と熱湯噴出管とをタンク内に複数設けるか、

(ロ)タンク内に被加熱物を固定した回転ドラムを備えるか、

の点に相違があるに過ぎない。

そして、この相違は熱湯を攪拌混合して温度の均一化を図るという技術的思想を同一としながら、設計変更によつて採択できた程度であり、さらに後述のようにタンク内部でタンク長手方向に、設けた熱湯噴出管(スプレッダー)が公知である以上、当業者が必要に応じて選択して実施することができたと考えられ、両者間には置換容易性が十分に存在する。

さらに、本件考案の明細書中で示された従来例の欠点、すなわち回転式殺菌機の場合の回流作用(公報二欄 三行乃至一一行)も、この引用発明では回転ドラムの回転と同時に、循環ポンプによる強制循環を併用することにより除去されている。

(イ) 吸引管と噴出管による分散と強制循環

罐詰時報、第五三巻四号、昭和四九年四月一日、社団法人日本罐詰協会発行(乙第二三号証)

これは米国FDAの低酸性罐詰に関する新しい規制としての特集号で、新しいFDAの規定を翻訳掲載されたもので、タンク内の熱湯を底部の吸引管から引き込み、頂部の長さに広がるスプレッダーを通じて放出して分散、攪拌しポンプで、強制循環する手段を用いている。

この文献の二三頁、(b)静置式レトルトにおける水中加圧処理のための装置及び操作の項で、二五頁、一二竪型及び横型静置式レトルトの項及び一三水の循環の項では次のように述べられている。

「竪型及び横型静置式レトルトは、図七に示す構造に従うかあるいはそれと同様のものであることが望ましい。」

「水循環システムを熱の分配のために使用するときは、水を吸引管を通じてレトルトの底部から引き込み、レトルトの頂部の長さに広がるスプレッダーを通じて放出しなくてはならない。ウォータースプレッダーにあける孔は均一に分布していなくてはならず、その全面積はポンプからの排気ラインの断面積を越えないことが望ましい。吸引排出口は、チリが循環系に入らないように詰まることのないスクリーンで保護することが望ましい。」

(第二五頁左欄七行〜一八行目)

即ち、この公知例は、

(イ)レトルトであることにより、本件考案の要件(a)に該当するものである。又、レトルトとは密閉器あるいはその他のもので、食品の加熱殺菌に用いられるものと定義されている。

(ロ)水の循環がポンプにより行なわれ、底部の吸引管から引き込まれて頂部のスプレッダーから放出される構成を開示しており、これは本件考案の(b)(c)の要件と同一である。さらに、配管図に示される通り、レトルト内へ複数個開孔している吸引管及び頂部の排出管からそれぞれ吸引、噴出することにより、水の攪拌と循環を行つている点、本件考案の要件(d)と同一である。

そして、レトルトの外周には循環ポンプと循環パイプが明らかに図示されている。又、特に、レトルト内部においては頂部に設けたスプレッダー(O)はレトルトの頂部の長さに広がつており、本件考案のレトルトの内壁面であつて釜の長手方向と同一方向に向けて取付けた「管」と同一である。

但し、下方の吸引側(H)には「管」を使用しないで、レトルト内部へ開孔した二つの吸引孔が示されているのにとどまる。しかし、隣接したスチームライン(B)からのスチームについてはレトルト底部のスチームディストリブューター(L)により、釜の底部で長手方向に延びた「管」を使用して拡散させる手段につき開示している。

上記のように、密閉タンク内の熱湯を吸引管及び噴出管を用いて攪拌混合する手段は公知であつた。しかも噴出管としてのスプレッダーはタンクの長手方向と同一方向に延びたもので、本件考案と全く同一である。又、熱湯の吸引側についても、吸引孔に代えてスプレッダー又はスチームディストリブューターのような「管」を採用することは当業者が必要に応じて容易に設計変更できる技術手段である。従つて、熱湯の攪拌手段として、回転ドラムを用いるか、長い噴出管と吸引管を用いるかは、当業者が必要に応じて選択して実施できる程度のものであつたと解される。

(ウ) 対向した二つの分散管による強制対流

米国特許第三、五九二、六六八号公報(乙第二四号証)

この引例は加圧加熱調理装置に関するもので、第一図、第八図断面図に示すように、竪型の加圧容器一の上下方向において対向した分散管二一、二一aが示されている。しかも、この分散管はダクト一七に接続され、誘導モータ二〇によつて熱水を循環させ攪拌混合している。尚、その詳細は添付した抄訳文(公報六欄三三行乃至七五行目)で示すが、ここでは囲まれた環境内で発生した熱の自然対流にふれ、装置内の熱の均一化を図るため、分散管、導管及びモータ等を用いて強制循環する技術手段を開示している。

(エ) 熱水の強制循環

罐詰時報、第五三巻一二号、昭和四九年一二月一日、社団法人日本罐詰協会発行(乙第二五号証)

「殺菌及び冷却の(一)加圧殺菌の項で、………袋状容器では蒸気または熱水等の加熱媒体と共に加圧空気等の加圧媒体を同時に用いて、殺菌温度に対応する蒸気圧以上の加圧を行なうことにより容器内圧力に拮抗させて、容器の膨張や破裂を防止することが必要になる。この原理は袋状容器に応用される以前にヨーロッパ等において、厚みの薄い金属容器を用いた食品の加熱殺菌に利用されていたものであり、加熱媒体として熱水を使用する場合は、温度制御と圧力制御がそれぞれ独立した制御系で行われ、熱水温度に対応する蒸気圧よりも常に高い圧力を保つようにして、熱水の循環等による温度分布の均一化に留意すればよい。」との記載がある(第七四頁右欄)。

この文献では加圧殺菌時の熱水の循環による温度の均一化思想を開示している。

(オ) 複数の取水管と噴出管のノズルによるジェット流

特公昭和四九―三一一〇九号公報(乙第二六号証)

この公報は、昭和四九年八月一九日に出願公告され、「液体利用による処理装置」に関するもので、

「不経済なコンベヤを一切使用することなくかつ処理液に流れを与え、その流れと開閉仕切板の開閉により被処理物の滞留時間の制御を自由に行えるようにし、………」(公報二欄一八行〜二一行目)

「通路五及びタンク二四内に充分な量の処理液としての湯を注入しておき、取水管三二、三三の調整弁三七を操作することにより通路五内の処理液をタンク二四内に所定量づつ落下せしめるとともに瞬間ポンプ二八、二九により取水管三〇、三一から吸入する処理液を各ノズル七、九からジェット流状に噴射させて通路五内に処理液の循環流を起生させる。」(公報四欄四行〜一一行目)

この公知例は湯を取水管から吸引して、ノズルから噴射させ、循環ポンプで循環させることによつて処理液の循環流を起生させる構成を開示している。

(2) タンク内で長さ方向に延びた複数の分散管を有するもの

(ア) 二つの孔あき分散管

米国特許第二、四七二、九七〇号公報(乙第二七号証)

罐詰食品の熱処理装置に関するもので、一九四九年六月一四日に特許され、日本の特許庁資料館に昭和三一年一二月四日に受け入れられた公報である。

図面上、レトルトの上下に長くのびた管を配した構成が開示され、本件考案の要件(c)と同一であり、これらの管には噴出孔が多数あけてある。「パイプ四八を通してきれいな水スプレーの導入開始後、あらかじめ定めた遅延後、冷却水が大きい水パイプ四五(例えば一・五インチパイプでレトルト内で孔あき部五二で終つている。)を通してレトルト内へ導入される。」との記載がある。

(公報四欄二九行〜三五行目)

(イ) 回転ボディ内に対向した孔あき分散管

米国特許第三、四八〇、四五一号公報(乙第二八号証)

この引例は、第一図乃至第三図に示されるように、ボディ二二としてのオートクレープ二一自体が回動される構成を採つた流体食品の加工装置に関するものである。そして、このボディ二二中には長さ方向へ延びた分散管五二が対向した位置に配置され、内部の流体の攪拌混合を行つている。その詳細は添付した抄訳文(公報四欄三〇行〜三九行目と公報六欄一二行〜三三行目)に示す通りである。

(3) 本件考案の新規性並びに進歩性について

(ア) 本件考案は、前述のようにタンク内で熱湯を攪拌して温度分布の均一化を図るため、(a)(b)(c)(d)の四構成要件を用いたことを特徴としている。

しかし、このような熱湯の攪拌、混合による温度の均一化作用は、極めて常識的なものであり、出願当初においても何んら新規性を有していない。

本件考案の明細書の記載内容によると、従来技術の欠点若しくは解決すべき技術的問題点として、次の二点を挙げている。

(1) 従来のこの種調理、殺菌装置においては、高温高圧タンクの熱湯は静止していた(公報一欄三四、三五行目)。

(2) 回転式殺菌機の場合、加熱中に被加熱物と一緒の方向に同一のスピードで熱湯が回流するため、タンク内の中心部と内周壁面に近い熱湯は殆ど混わることがない(公報二欄三行〜七行目)。

従つて、これらの問題点を前提としてのみ、本件考案に新規性があるか否かが判断されるのである。

ところが、これら(一)熱湯の静止、(二)熱湯の同一のスピードの回流などの問題点は、本件考案の出願前に既に知られており、解決済みであつた。それにも拘らず本件考案者が、未解決事項として取り上げたに過ぎないのである。

(イ) すなわち、以下に詳述するごとく、本件考案の出願前、この種高温高圧熱湯タンク内の熱湯を攪拌混合して温度の均一化を図るという技術思想並びにその技術的解決手段は公知であつた。

前記各公知資料が示すように、

(イ)レトルト殺菌装置として食品の加工をする装置。

(ロ)レトルト殺菌装置のタンク内で熱湯を吸引管から引抜き、上部の噴出管からタンク長手方向に長く分散して、熱湯の攪拌を行うこと。

(ハ)前記吸引管と噴出管を結ぶ循環パイプを設け、これに循環ポンプを設置して強制循環すること。

等の技術的手段が乙第二二号証乃至乙第二六号証により、本件考案の出願前公知であり、結局本件考案の構成要件はすべて公知であつて新規性を有していない。特に乙第二二号証のタンク長手方向の孔あき噴出管(スプレッダー)と対向して、これと同じ構成を吸引管の部分に設けることは、当業者が必要に応じて選択し得る程度の技術であつた。しかも、乙第二四号証では竪型とはいえ、対向位置に分散管二一及び二一aの設置が示され、さらに乙第二五号証では、熱水の攪拌による温度分布の均一化思想が示され、乙第二六号証では複数個のノズル七、九及び複数の取水管三〇、三一が開示されている。

(ウ) なお、仮に本件考案のように、複数の熱湯噴出管と熱湯吸引管をタンク長手方向に設けるような手段に新規性があつたとしても、このような手段は、乙第二三号証の吸引管をタンク長手方向の吸引管と交換したものに過ぎず、又、レトルト装置のタンク内でタンクの長手方向に延びた管で、互いに対向した孔あき管を複数個配設するという設計は乙第二七号証で明確に開示されている事項であり、これらは、いずれもいわゆる周知技術による置換であつて、当業者が必要に応じて極めて容易に実施できたものと解される。

すなわち、本件考案は乙第二二号証、乙第二三号証及び乙第二八号証等に示された、公知技術の単なる寄せ集めであつて、当業者が極めて容易に考案できたものであり、考案の登録要件の一つである進歩性に欠けるものである。

被告は、昭和五九年二月二三日に特許庁に対して本件考案に対して無効審判の請求をした。よつて本件考案は早晩右手続により無効とされる運命にあること明らかである。

(4) 無効原因を内包する考案の技術的範囲

前記(3)で示したように、本件考案は、新規性又は進歩性を欠き、実用新案法第三七条第一項第一号、同法第三条第一項第三号又は第二項の規定によつて無効とされるべきものである。

本来かかる無効原因を内包する権利にはいかなる効力も認めるべきではない。しかしながら、特許庁が無効審判手続によつてのみ無効とすることができるのであり、裁判所はかかる権限を有しないという権限分配の法則により当裁判所が本件登録実用新案を無効なるものとして取り扱うことは妥当でないと考えるのであれば、権利解釈として最も厳格に解し、実施例に限定して最も狭く解するべきものと考える。

(5) 公知技術に極めて近接したものの技術的範囲

仮に百歩譲つて、本件考案が進歩性を有するとするも、右公知技術に基づいて出願前に当業者(本件考案の属する技術分野における通常の知識を有する者)が、容易に考案することができるものであつたが、しかしながら極めて容易には考案することができなかつたものであるにすぎない。

すなわち、本件考案は公知の技術に極めて近接した技術思想にすぎないものであり、その技術的範囲は極めて狭い範囲に限定されるべきものである。

(6) したがつて、本件考案の構成要件要素の「複数の熱湯噴出管」及び「熱湯吸引管」は明細書並びに図面に示されるように、タンク長手方向に向いて設置された「管」のみに限定されるものであり、イ号物件のような構成は含まないと解すべきである。

(三) 出願人の意識的限定による制限

原告は、本件考案の出願過程において、タンク内の熱湯攪拌、混合機構に関し、次のような意識的制限ないし放棄をした。

実用新案登録願の原始明細書(以下単に「原始明細書」という)によると、タンク内の攪拌、混合機構の構成は、「加熱タンク内に単数又は複数の加熱用熱湯噴出孔と単数又は複数の加熱用熱湯吸引孔を開孔する」となつており、特別な機構を有していない。更に、同明細書の考案の詳細な説明の記載によると、実施例としてタンクの内壁周囲に多数の噴出孔を付けた熱湯噴出管と多数の吸引孔を付けた熱湯吸引管を配した構成をとつている。

ところが、本件考案に関する昭和五五年審判第一四〇七七号の拒絶査定不服審判の過程において、原告は昭和五五年八月二二日付で補正手続をなし、原始明細書には実施例として記載していたタンク内の攪拌混合の構成をクレームに明確に記載し、タンク内の熱湯攪拌混合のためタンクの壁面周囲に多数の孔を有する管を複数配置するという特定の構成をとるにいたつた。

かかる経過に鑑みるならば、原告はクレームの権利範囲を被告のイ号物件における巣板の構成は勿論のこと、その他の構成を権利範囲から除外したと解すべきである。

原告は本訴において、「熱湯噴出管」「熱湯吸引管」は「長手方向に沿つて広く分散し、あるいは吸引するための流路である」旨主張するが、かかる主張は、出願時点においては技術的範囲外として第三者に自由使用を許諾したものを、権利取得後になつて技術的範囲内として権利主張するもので許されないものである。

(四) 出願者の認識限度による制限

前記(三)で述べた出願経過に鑑みれば、本件考案の出願人が意識していたところは、タンク内に多数の孔を有する管を配置することのみであり、イ号物件の如く巣板を用いた循環の構成は認識していなかつたことは明らかである。したがつて、本件考案は出願人が認識していた構成に限定される。

2  原告の均等の主張に対する反論

均等物と認められるためには、発明の技術思想の枠内にあること、発明の本質的特徴部分外の部分の置換であること、置換可能なこと、推考容易なことの各要件を充足する必要がある。各要件につき以下検討する。

(一) イ号物件の技術思想は本件考案の技術思想と異なる。

本件考案においては、高温高圧の熱水を、「管」の周壁に比較的少数の孔を穿ち、その孔から勢よく噴出させてタンク内の温水を攪拌、混合させることにより温水の温度の均一化を図るという技術思想を採用している。

これに対し、イ号物件では、槽内の温水が攪拌混合しないようにほとんど全面に亘つて孔を穿つた上下左右の四枚の巣板を相対向させ、巣板に形成された透孔の合計面積は温水流出入口の開口面積の数十倍に形成されているため、温水流出入口の流入速度は処理槽に流出する段階で数十分の一に減速される。あらかじめ適温に調整された温水は、巣板の全面に亘つて穿たれた孔からシャワー状に散布され、下方から穏やかに吸引するため温水は層流状となり、あたかもトコロ天を押し出すように出口から排出する。そして、一分間で槽内の温水の総入れ換えをし、更に、一ないし三分毎に液流の方向を変換させて、処理槽内の温度誤差が摂氏〇・五度以内の精度の高い温水温度の均一化を図るという技術思想を採用している。

右のとおりであるから、両者は根本的に技術思想を異にしているので均等論の適用はない。

(二) 「管」は本件考案の本質的特徴部分である。

本件考案は、前記三1(三)のとおり、出願過程でタンク内の循環機構につき、「タンクの内壁面長手方向に、多数の噴出孔を穿孔した複数の熱湯噴出管及び多数の吸引孔を穿孔した熱湯吸引管を設ける」という特定の構成を採用した故に登録されたものであるから、右構成部分は本件考案の本質的特徴部分である。

イ号物件において右部分に対応するのは巣板によつて構成される三日月部分であり、右部分についての均等の主張は本質的特徴部分にかかるものであるから許されないものである。

(三) 置換可能性はない。

本件考案の「管」は、タンク内に温水を勢よく噴出し、温水を攪拌、混合する機能を有するのに対し、イ号物件の巣板によつて形成される三日月部分は、巣板の働きにより熱水を静かに層流状で一様に槽内を一方から他方に向かつて移動させ、もつて、一分間毎に槽内の全熱水を入れ換える機能を有する。

右の技術思想、機能の相違に基づき、その奏する作用効果も次のとおり異なる。

本件考案にあつては温水の噴出による攪拌、混合作用のみによる均一化であるから、タンク内の温度の均一化を十分に図ることができない。また、温水の噴出による攪拌、混合によりタンク内の温水が勢よく掻き混ぜられるため、タンク内に配置された食品等を変形損傷させるという欠点を有する。

一方、イ号物件は、巣板の機能により層流状で静かに熱水を循環させ、一分間毎に槽内の全熱水を入れ換え、かつ、一分ないし三分毎に熱水の流出入方向を変更するため、槽内は温度差摂氏〇・五度以内の精度で温度の均一化が図れ、更に、層流状の静かな流入出のため、食品を変形させたり損傷させることが全くない。

以上のとおりであり、作用効果が異なるため置換可能性はない。

(四) 推考容易ではない。

本件考案の明細書の全体を合理的に理解するも、当業者が、本件考案の出願時に公知であつた先行技術に基づいて、疑問の余地のないほど明確に、巣板を用いた三日月部分の構成に思い至るものと判断することはできない。

(五) 原告が、昭和五〇年四月一〇日に、訴外株式会社鎌倉ハムに対し、上部の流路形成手段として三日月部分を採用した製品を納入したことは知らない。仮に右事実があつたとしても、右事実から直ちに、置換可能、推考容易ということはできない。

(六) 以上のとおりであるから、本件考案の「熱湯噴出管」及び「熱湯吸引管」とイ号物件の「三日月部分」は均等物ではない。

3  被告は、昭和五〇年四月一九日特許出願をし(特願昭五〇―四七九四七号)、公告後の補正を経て特許(第一〇八一一九四号)を受けた。

右特許発明の内容は、「高温高圧の温水を循環させて内装した食品を加熱殺菌する処理槽において、該処理槽の周縁を囲繞するように配設された調節管を介して四箇所以上の液出入口を設け且つ各液出入口の内方にそれぞれ巣板を配設し、この巣板に形成した透孔の全面積を配管の開口面積よりも大きく設け、液出入口に応じて調節管にそれぞれ切替弁を設け、処理槽内の液流方向を切替できるようにしたことを特徴とする食品の高温高圧殺菌、調理装置」である。

イ号物件は右特許権を実施するものであるから、本件考案の技術的範囲には属しないものである。

4  以上のとおりであるから、原告の主張は理由がないものである。

四  原告の反論

1  「管」の形状について

イ号物件の三日月部分は長い中空の(円ではなく三日月形の)筒である。管は横断面が円である必要はなく、四角形、六角形、八角形、かまぼこ形等様々なバリエーションがある。イ号物件の三日月部分はたまたま横断面が三日月形であるが、これをもつて管でないとはいえない。

2  公知技術について

被告が公知技術として引用する発明のいずれにも、タンク内の熱湯の温度均一化の課題解決の手段として熱水をタンク内で上下の流れと左右または右左の流れによつて交叉させる技術思想を採用するものはないし、タンク内の長手方向でかつ上下左右の四箇所に熱水を噴出したり吸引する流路を設置する構成を採るものと皆無である。

したがつて、本件考案に新規性あるいは進歩性がないとの主張は理由がない。

また、本件考案が推考容易であつたとの主張は否認する。新規性、進歩性その他の登録要件を満たしているからこそ登録査定を受けたわけである。

3  意識的限定ないし認識限度について

原告は原始明細書において実用新案登録請求の範囲を「加熱タンク内に単数又は複数の加熱用熱湯噴出孔と単数又は複数の加熱用熱湯吸引孔を開孔すると共にこれら噴出孔と吸引孔間を循環パイプによつて連結し、この循環パイプ内に設けた循環パイプの作用によつて加熱タンク内の加熱用熱湯を循環することができるように構成して成る加圧熱湯を利用した食品の調理、殺菌装置」として熱湯噴出管及び熱湯吸引管を構成要件とはしていなかつたところ、昭和五五年八月二二日手続補正書で熱湯噴出管及び熱湯吸引管も構成要件とした。

右出願経過を見れば明らかなように、当初管による構成及び巣板による構成をいずれも実用新案請求の範囲として出願した後、補正手続によつて右二つの構成から巣板による構成を放棄したとか、明細書の実施例の図といささかも異ならない管による構成に限定したという事情は全くない。

原告は当初、タンク内の長手方向に沿つて広く熱湯を分散し吸引するための流路を形成する手段として熱湯噴出管及び熱湯吸引管を設置することを構成要件としてはいなかつたが、補正手続において前記流路形成の手段として熱湯噴出管及び熱湯吸引管も構成要件とした次第である。

従つて本件考案明細書の実施図の熱湯噴出管及び熱湯吸引管といささかでも形状が異なれば本件考案と異なるわけではなく、タンク内の長手方向に沿つて広く熱湯を分散し吸引するための流路形成手段であれば本件考案明細書の実施例図の熱湯噴出管、熱湯吸引管と異なる形状の管であろうとその他の流路形成手段であろうと構成要件としては同一である。

右のとおりであるから、認識限度についての被告の主張も否認する。

4  均等について

(一) 被告は均等適用の要件として、①発明思想の枠内、②本質的特徴部分外ということをもあげている。しかし、①②の要件は、発明思想と発明思想を比較して実質上両者が同一発明であるという広義の均等を結論づけるために用いられるものである。本件のように、本件考案の構成要件とイ号物件の構成要件とを比較して構成要件の置換に着目して均等物の置換であるという狭義の均等の場合には右①②は不要である。

(二) 仮に①②の点が要件だとしても、次のとおり被告の主張は理由がない。

まず、本件考案はタンク内の熱水温度均一化という課題を解決するため、熱水をタンク内で上下の流れと左右または右左の流れによつて交叉させる技術思想を採用している。そして、イ号物件も右課題解決のため熱水をタンク内で上下の流れと左右または右左の流れによつて交叉させるという同一の技術思想を採用している。

次に、右技術思想からすれば、タンク内長手方向でかつ上下左右の四箇所に熱水を噴出したり吸引する流路を設置することが本質的特徴であり、流路として「管」を採用するか、「巣板とタンク内壁面で構成される三日月部分」を採用するかは本質的ではない。したがつて、本質的特徴部分外ということが均等の要件だとしても、「管」と「三日月部分」がこれを満たすことは当然である。

5  被告の特許権について

本件考案の出願日は被告主張の特許の出願日より前である。したがつて、イ号物件が後願の被告特許の実施品であるか否かは議論の要なく、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かを議論すれば足りる。

仮に、イ号物件における巣板の配設及び液流方向の切替の点に関して、本件考案にはない新たな技術的要素が加わつているとしても、イ号物件は本件考案の構成要件を全部含み、これを利用するものであるから、原告の本件実用新案権を侵害するものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が本件実用新案権を有すること、本件考案の構成要件が請求原因2(一)のとおりに分説されること、本件考案の作用効果が明細書の記載によれば請求原因2(二)のとおりであること、被告が別紙物件目録記載のイ号物件を製造販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、別紙物件目録中のイ号物件の説明書の記載によれば、イ号物件の構成は次の(a′)ないし(d′)のとおりに分説するのが相当である。

(a′) 高温高圧食品調理殺菌装置であること

(b′) 処理槽(本件考案のタンク1に相当)の長手方向の上下左右の壁に各一箇以上宛計四箇以上の温水流出入口を設けるとともに、それに対応して処理槽の内部に長手方向に沿つて上下及び左右両側に夫々対向した四枚の巣板を設けていること、そして処理槽の円弧状の内壁と巣板とに挟まれた空間は三日月形をなして長手方向に伸び両端部はめくら板で閉塞されている(この処理槽内壁、巣板、めくら板で囲まれた空間を「三日月部分」という)こと

(c′) 前記各巣板にはほぼ全面に亘つて多数の透孔を設けており、その透孔は孔の合計面積が前記温水流出入口の開口面積の数十倍の面積になつていること

(d′) 処理槽外の主ポンプ(本件考案の循環ポンプ7に相当)と前記四箇以上の温水流出入口とを、温水流を逆流させうる切替弁を有する調節管で結び、処理槽内外に温水流を循環させるとともに、処理槽内では前記巣板により温水流を層流状に整流し、一ないし三分毎の切替弁の開閉により温水流の流れの方向を変えて、処理槽内の温度分布を均一になるようにするものであること

二そこで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  本件考案の構成要件とイ号物件の構成とを対比すると、本件考案の構成要件(a)のうち高温高圧の熱湯による食品の調理、殺菌装置であるという点とイ号物件の構成(a′)とが一致するほかは、少なくとも前記の文章表現上は両者はことごとく相違する。

2  しかしながら、原告は、前記三日月部分は「管」にあたるから、イ号物件の構成(b′)は本件考案の構成要件(b)を充足するし、またイ号物件の構成(b′)(c′)(d′)の機構は処理槽内に温水流を循環攪拌させるための機構であるから、イ号物件の構成(b′)(c′)(d′)は本件考案の構成要件(b)(c)(d)を充足する旨主張するので、これらの点を順次検討する。

(一)  三日月部分は「管」にあたるか

(1) 「管」とは、一般に国語辞典では「円く細長く中空のもの」と定義されている(広辞苑など)が、断面は必ずしも円形に限らず多角形その他の形状であつてもよく長さも必ずしも径より長くなくてもよいものと解される(世界大百科事典、工業教育研究会編・図解機械用語辞典など)けれども、少なくとも特定又は不特定の用途のためにそれ自体独立して存在するものをいい、各別の用途を有する複数の部材が組み合わされることによつて形成される間隙の如きは含まれないものと解するのが相当である。したがつて、前記三日月部分を本件考案の構成要件(b)にいう「管」に含まれると解することは、文理解釈上は無理といわなければならない。

(2) ところで、原告は、仮にそうだとしても、前記三日月部分は流路形成の手段として本件考案の構成要件(b)の各管と均等のものであると主張するが、この点は本件考案及びイ号物件の技術思想をどのように理解するかにかかわるので、イ号物件の構成(c′)(d′)の機構の点とあわせて一括して次に論ずる。

(二)  イ号物件の構成(b′)(c′)(d′)は本件考案の構成要件(b)(c)(d)を充足するか

(1) 前記のとおり前記三日月部分を本件考案の構成要件(b)の管の一種とみることは文理解釈上はできないし、イ号物件の処理槽内には他に管と目すべきものは存在しないから、少なくとも形式的に見る限りは、イ号物件の構成(b′)は本件考案の構成要件(b)を充足しないし、したがつてまた、イ号物件の構成(c′)も本件考案の構成要件(c)を充足しないものというべきであるが、実質的に充足することになるか否かを判断するためには、本件考案とイ号物件の双方の技術思想を比較検討してみなければならない。

(2) 〈証拠〉(本件考案の実用新案公報)の考案の詳細な説明の欄の記載によれば、従来の高温高圧食品調理殺菌装置においては、高温高圧タンク内の熱湯が静止していたため、被加熱物に接する部分の熱湯とその他の部分の熱湯との間に温度の不均一現象を生じ、製品の品質を均一に仕上げることができないという欠点があつた、そして右欠点を解消すべく被加熱物を回転させる方式のものは、熱湯も被加熱物と一緒に回流するため、高温の熱湯が被加熱物より遠い囲りに集中して中心部と外周部との間に温度の不均一を生じ、中心部に位置する被加熱物と外周部に位置する被加熱物の加熱条件が変り製品の品質の均一化がはかれないという欠点があつたし、タンク内の熱湯を循環させる方式のものは、タンク内の熱湯温度の分布を均一化できないという欠点があつた。本件考案はかかる従来装置の欠点を解消すべく提案されたものであつて、前記(請求原因2(一))のような構成をとることにより、熱湯吸引孔からの熱湯の吸引及び熱湯噴出孔からの熱湯の噴出によつて、熱湯の循環とタンク内の熱湯の攪拌及び混合を繰り返して、タンク内の熱湯温度の均一化を図り、それによつて被加熱物の加熱条件の均一化したがつて製品の品質の均一化を図るとともに、作業準備のためのタンク内の水の加熱の際も水の循環により昇温時間の短縮による作業準備時間の短縮と燃料の節約を図ることができる、というのである。

(3) ところで、〈証拠〉によれば、本件考案の出願当時には先願の発明として左記発明が存在したほか公知技術として被告が事実欄三1(二)で主張したものが存在したことが認められる。

発明の名称 レトルト方法および装置

出願日 昭和五〇年六月二四日(特願昭五〇―七七一六五)

優先権主張日 一九七四年一一月八日(米国第五二二〇六七号)

公開日 昭和五一年五月二〇日(特開昭五一―五七八六七)

特許請求の範囲 (1) 急速な熱浸透率を具える薄壁を有する実質的に平形のコンテナが、入口端を有しかつ容器内部に置かれたトンネル内部に相互に離隔した関係で支持されているときに、前記コンテナの温度を変化させる方法において、前記トンネル内でかつ前記コンテナにそつて予定温度で熱処理液を前記コンテナの平坦側壁に平行な方向に移動させて前記コンテナと前記熱処理液との間で熱伝達を行う段階と、前記トンネルから放出された前記熱処理液を前記トンネルの外側の通路にそつて前記トンネルの前記入口端に戻す段階と、前記熱処理液が前記トンネルの前記入口端に戻される間に前記熱処理液の温度を実質的に前記予定温度に戻す段階と、前記トンネル内でかつ前記コンテナにそつて前記熱処理液を前記コンテナの平坦側壁に平行な方向に再循環させて再び前記コンテナと前記熱処理液との間で熱伝達を行う段階とを含有するコンテナの温度を変化させるレトルト方法。

(2) 急速な熱浸透率の薄壁を有する実質的に平形のコンテナの温度を変化させるレトルト装置において、縦方向軸を有する容器と、前記容器内に置かれかつ入口端を有するトンネルを廓成する装置と、前記コンテナを前記トンネル内に支持する装置と、前記トンネル内でかつ前記コンテナに沿つて予定温度で熱処理液を前記コンテナの平坦側壁と平行な方向に移動させて前記コンテナと前記熱処理液との間で熱伝達を行う流れ誘導装置であつて該流れ誘導装置はさらに前記トンネルから放出された前記熱処理液を前記トンネルの外側をへて前記トンネルの入口端に戻して前記トンネル内を再循環させる流れ誘導装置と、前記熱処理液が前記トンネルの外側を前記入口端に向かつて移動するときに前記熱処理液の温度を前記予定温度に戻す装置とを有するレトルト装置。

(4) また、〈証拠〉によれば、本件考案の原始明細書では、実用新案登録請求の範囲は「加熱タンク内に単数又は複数の加熱用熱湯噴出孔と単数又は複数の加熱用熱湯吸引孔を開孔すると共にこれら噴出孔と吸引孔間を循環パイプによつて連結し、この循環パイプ内に設けた循環ポンプの作用によつて加熱タンク内の加熱用熱湯を循環することができるように構成して成る加圧熱湯を利用した食品の調理、殺菌装置」と記載されていて、これには熱湯噴出孔及び熱湯吸引孔がタンク内のいかなる部材に開孔しているかの記載はなく加熱用熱湯がタンク内で攪拌及び混合されるものであるか否かの記載もなかつたが、右原始明細書でも、実施例の説明として、熱湯噴出孔及び熱湯吸引孔はそれぞれタンク内に配設した熱湯噴出管及び熱湯吸引管に開孔するものであり、加熱用熱湯は熱湯吸引孔からの吸引と熱湯噴出孔からの噴出の循環繰り返しによつて攪拌及び混合が繰り返されるものであることが明らかにされていたところ、前記先願発明の存在を理由とする拒絶査定ののちの手続補正書では、実用新案登録請求の範囲は別紙実用新案公報の当該欄記載のとおりに補正されたことが認められ、更に〈証拠〉によれば、右補正に先立ち提出された審判事件理由補充書では、前記先願発明と本件考案との違いとして、前記先願発明はタンク内の熱水を攪拌してその温度を均一化するものではないのに対し、本件考案はタンク内の熱水を攪拌してその温度の均一化を図るものであるという点が強調されていることが認められる。

(5) 以上(1)ないし(4)の認定事実によれば、本件考案の技術思想は、タンク内に熱湯噴出管及び熱湯吸引管を配設し、加熱用熱湯をこの熱湯吸引管に開孔した熱湯吸引孔から吸引するとともに熱湯噴出管に開孔した熱湯噴出孔から噴出し、加熱用熱湯の循環によりそれを繰り返すことによつて、タンク内の加熱用熱湯を攪拌混合し、それによつてタンク内の加熱用熱湯の温度の均一化、したがつて被加熱物の加熱条件の均一化とそれによる製品の品質の均一化を図ろうとするものであると認められる。

(6) 他方、当事者間に争いのない別紙物件目録中のイ号物件の説明書記載のイ号物件の説明によれば、イ号物件の技術思想は、加熱用熱湯を処理槽(本件考案のタンクに相当)を通して循環させ、かつ処理槽内の加熱用熱湯の温度の均一化を図り、それによつて被加熱物の加熱条件の均一化とそれによる製品の品質の均一化を図ろうとするものである点は本件考案と同一の目的を有するものであるといえるが、処理槽内の加熱用熱湯の温度の均一化を図る方法を、加熱用熱湯を、矩形状の平板でその全面に亘つて温水流出入口の開口面積の数十倍の合計面積を有する多数の透孔を有する巣板を通して、その流出速度を温水流出入口出入時の数十分の一に減速させて層流状にするとともに、一ないし三分毎に切替弁を開閉して、流れの方向を切替えることによつて行おうとするものであることが認められる。

(7) 両者を端的に比較すれば、本件考案が加熱用熱湯を勢いよく噴出吸引しそれによつてタンク内の熱水を攪拌混合してその温度の均一化を図ろうとするものであるのに対し、イ号物件は減速され整流された加熱用熱湯を層流状に流出させ一定時間毎に流れの方向を変えその層流状の流れの循環によつて槽内温度の均一化を図ろうとするものであるということができる。

(8) 原告は、加熱用熱湯のタンク内での流れについて、本件考案は上下の流れと左右の流れを十文字に交叉させることによつて攪拌混合を生じさせるものであり、イ号物件もその点では全く同一の作用効果を生ずる旨主張する。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲では、熱湯噴出管及び熱湯吸引管はタンクの長手方向と同一方向に取り付けることが構成要件とされているだけでそれ以外の取り付け位置の限定はなく、考案の詳細な説明でも、噴出管と吸引管はタンク内において熱湯が十分に攪拌されるようにその取り付け位置は検討される、と抽象的に記載されているだけであり、図面にはタンク内の上下及び左右に噴出管又は吸引管が各一本宛画かれているけれども、それについての説明はなく、もとより加熱用熱湯の流れを十文字に交叉させる旨の作用効果の記載は全くないから、原告主張の十文字交流を本件考案の作用効果の一として認めることはできない。のみならず、〈証拠〉によれば、イ号物件の模型においては、上及び右(又は左)から巣板を通して着色液を同時に流入させると、液流は層流状をなして、おおむね上から流入した液は左(又は右)に、右(又は左)から流入した液は下へ流出し、原告主張のように流れが十文字交叉することはないことが認められる。もつとも、〈証拠〉によれば、イ号物件の模型においても、上及び右(又は左)からの着色液の流入を長く続けると、原告主張のように流れが十文字交叉するようになることが認められるけれども、この点は、前記のようにイ号物件では切替弁の開閉によつて流れの向きを一ないし三分毎に切替えることになつているから、前の認定を左右することにはならない。他に原告の主張を支持する証拠はない。

(9) 以上検討したところによれば、イ号物件は本件考案とは全く別の技術思想に基づくものといえるから、その前記構成(b′)(c′)(d′)につき均等の観念を入れる余地はなく、イ号物件の構成(b′)(c′)(d′)は本件考案の構成要件(b)(c)(d)を充足しないものといわなければならない。

3  したがつて、イ号物件は本件考案の技術的範囲には属しない。

三よつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官髙原正良)

別紙物件目録

別紙イ号物件の説明書記載のとおり高温高圧調理殺菌装置

但し、形式、寸法は別表のとおり

別紙イ号物件の説明書

第一図はイ号装置の全体を示す側面図、

第二図は処理槽の拡大斜視図、

第三図は処理槽を開口して内部を示した正面図、

第四図は処理槽と主ポンプとの連結状態を示す要部断面図、

イ号装置の構成

一、イ号装置は温水槽1と処理槽2の二槽を設置し、これらは互いに弁を介して連通し、先ず温水槽に殺菌温度又はそれ以上の温度の温水を準備し、他方処理槽にはトレース又はバスケットに載置された食品を装填し、密閉加圧後、温水槽や準備された高温高圧の温水を処理槽に導入し、所定時間殺菌及び調理等の処理を行うものである。

二、イ号装置では処理槽の周縁を取巻くように調節管4を設け、温水槽からの連結管と連結されている。尚この調節管には主ポンプ5が接続され、処理槽内へ調節管から高温水が注入され、又他の調節管から流出し、切替弁6により特定の温水流出入口だけ切替を行なつたり逆流させたりすることができるようになつている。

三、以下イ号図面に従つて説明する。1は温水槽で、高温高圧の温水を貯留する。2は処理槽で、連結管3を介して温水槽1の温水を処理槽2へ送入できるようになつている。

4は調節管で、処理槽2の外周縁を囲繞すると共に主ポンプ5と連結され、処理槽2内の温水を循環可能にしている。6は調節管4に設けた切替弁で、四箇所に設けられる。7は温水流出入口で、前記調節管4の端部が処理槽2の外壁を貫通して処理槽内へ開口したものであり、前記切替弁6によつてこれら温水流出入口を開閉するようになつている。この温水流出入口7は処理槽の上下左右方向で計八個開口している(本図では八個であるが、処理槽の長短に応じて増減する)。8は処理槽2内で、長手方向に沿つて上下及び左右両側にそれぞれ対向した四枚の巣板である。この巣板8は矩形状の平板で、全面に亘つて多数の透孔9を有する。この透孔9の合計面積は温水流出入口の開口面積の数十倍となつている。尚、この巣板は垂直板と水平板の二枚づつがそれぞれ対向した位置に取付けられ、処理槽2の内部は略箱型を形成している。温水流出入口7から巣板8までは空間を構成し、処理槽の円弧により略弓状空間部を形成している。両端部はめくら板10で閉塞されている。尚、11はエジェクターで温水の温度低下時蒸気源より蒸気を注入できるようにしている。

温水槽1から処理槽2へ充填される温水の液面は、上面の巣板8の少し下になつている。

イ号装置の作動状況

一、イ号装置は、温水槽1と処理槽2の二槽を設置してあり、これらは互いに弁を介して連通している。

二、先ず温水槽に殺菌温度又はそれ以上の温度の温水を準備し、他方処理槽にはトレー又はバスケットに載置された食品を装填し、密閉加圧後、温水槽に準備された高温高圧の温水を処理槽に導入する。

三、処理槽に入れられた温水は主ポンプ5により循環される。即ち、調節管4を通り、切替弁6の開閉に応じて温水流出入口7から処理槽2内壁と巣板8との空間部へ吐出され、巣板を介して槽内へ流出し、他の巣板を介して側部又は底部から吸引され、一分毎に処理槽2内の温水が完全に入れ替わる流量で循環される。温水は上記のように温水流出入口7から巣板8までの空間部に一旦入り、巣板8の各透孔9より整流された状態で流出される。

処理槽2内の液面は、常時上面の巣板8から少し下方の位置にあるので、温水は巣板8の全面に亘つて分散され、シャワー状に注がれる。

温水の槽内への流出速度は温水流出口7における流出速度の数十分の一に減速され層流状となり、しかも一〜三分毎に切替弁6を開閉して左右方向に液流を切替えることにより、槽内の温度分布を〇・五℃程度の誤差範囲内に均一化する作用がある。従つて、トレー又はバスケットを介して内装した食品等は均一に熱処理できる。

別紙 イ号図面

別表〈省略〉

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